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【細谷 扶二子 Hosoya Fujiko】 年齢不詳 しかしながら、本人はまだまだ女の賞味期限は切れていないと豪語する。 とりあえず、昭和生まれの虎年というヒントでわかっていただきたい。 幼年期〜青年期? 椎名りんごさんが通った有名私立幼稚園時代も、うんていに、男子を縄跳びで、つないで忘れて帰るという、あこぎな事を平気でしてしまうほど、箱入り娘?。小学校では、かえるでザリガニを採る事に夢中になりすぎて、帰りがおそくなることしばしばで、両親から、信頼がまったくなくなった。 そんな頃、雅子様ご用達、お嬢様学校を紹介した両親。裏切ることなく、入園し、女の園で6年間を過ごした。プールのないその学園からは、有名、著名人が多く、私は、違う意味での有名人?学生時代は変人の称号を与えられた。 伊達政宗に憧れて、進んだ大学では、勉学の基本は経験と実験であると、体を張って、実習に取り組み、真実の薬学の道を追求する毎日。白衣は塩酸で穴だらけになりながら、未来を担う薬剤師を目指した。 就職後、日本テレビのアメリカ横断ウルトラクイズに参加。 偶然と運の強さから、成田、グアム、ハワイ、ロス、と無料の旅を経験し、福留さんのやさしい笑顔に、社会の本音と建前を経験した。たまたま、歯科医師の姉も参加していたが、二人とも、あと12名のところで、東京帰国となり仲の良いところ?をみせつけてしまった。実にくやしい。 ただ、その回の優勝者の宇田川君には、ぱちんこ島が優勝商品だったので、「貰ってもしょうがないや」と毒舌を吐いて、悔しがるのはやめた。 そのころ、近所の八百屋さんに住む 現在のさくらももこさんが、ちびまるこちゃんを発表し、世の中はサザエさんを超えると絶賛中。芸は身をたすくとは、よく言ったものだと、ひどく感激したことを覚えている。 薬学 幼少から、薬品店の両親より、フラスコ(エルレン)やビーカーを与えてもらい、なんでも、濃縮しては、実験の毎日でした。その頃から変わらないのは、薬に対する愛情です。薬は素晴らしい存在です。 薬にかこまれた環境の中で、薬の大切さ、薬と人との関わり、薬と食の関係の深さを教えられました。今後、皆様に、いろんな形で提供できればと考えております。薬学に進み、天職を与えられたと、実感している今日この頃です。 今年はシャンソンを歌おう! ![]() 2004/6/1 そう決めてもう半年。フレンチレストランでも、カフェレストランでも、高校の音楽鑑賞会にも出演させて頂きました。 お聞きになった方、すみませんでした。又、ありがとうございました。 「シャンソンは ウマイ、ヘタ じゃあない!」そう言われて、始めて早や3年目。衣装も増えたけど、レパートリーも増えました。 歌は「心の薬」。 そう思って歌っております。
更年期といわれる時代。楽しく過ごせるのも、今だから、仕事も、シャンソンも、ダーツも、子育ても手抜きしないで頑張ります。 2004/8/27 みとみどう薬局&MD下野薬局合同納涼会(三十三堂薬局開局記念パーティー)の様子 2004/10 きき酒師の免許取得!! |